ひよ子本舗吉野堂
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ひよ子本舗吉野堂物語

 
 
 
 
 
 
 
 
ひよ子本舗吉野堂物語
 
第三回 飯塚から博多へ。そして東京へ。
第三回 それは、「銘菓」から「九州の名菓」へ。そして「日本のおいしいかたち」へ。
 
 
博多へ来るときゃ、ひとりで来たが、帰りゃ〈ひよ子〉と二人連れ」
ひよ子都へあがる。
 
飯塚生まれの「銘菓」ひよ子が昭和三十二年二月に、福岡市の新天町横に進出。翌三月には、第十四回全国菓子大博覧会で総裁賞を受賞。ひよ子の評判は高まる一方でした。
ガラス窓越しに店の奥に置かれた四台の釜からは香ばしい匂いが表通りまで漂い、店の前は、黒山 の人だかり。お店では店員さんがひよ子を一つ一つ、手で包装して、てんてこ舞いの忙しさ。そんな毎日でした。
福岡では、まず百貨店に売場をもちたい。知名度だけでなく、大きな信用も得られるからです。
でも、当時は、福岡に進出したばかりの新顔が老舗の百貨店に出店するのは至難の業でした。
しかし、この難関も、地元の方々のお力添えで天神の地場トップ百貨店に売場をもつことができました。こうして、ひよ子は、多くのお客様に喜んでいただける「九州の名菓」として育っていきました。
 
 
そして、「日本のおいしいかたち」へ。
 
昭和三十九年。東京オリンピック開催、東海道新幹線(東京―新大阪間)の開通など、日本中が、驚くほどの急ピッチで成長し始めた時代でした。
「九州の名菓」を、東京のお客様に直接お届けするために、埼玉の草加市に工場を建設。本来、ひよ子は焼き上がってから三、四日後頃に、餡と皮がなじみ、味のバランスが一番よくなるように作るのですが、飯塚の高い湿度に比べ、関東の空っ風といわれる乾燥した風土の違いを味作りに、どう生かすか。
ここが「工夫」のしどころでした。
新しい土地柄の中で、九州でも、東京でも品質には、変わりはないのですが肌合いのしっとりした感じと焼き色に、東京らしさを工夫しました。
東京生まれの、ひよ子の誕生です。「たまごのキミがたっぷり、かわいいひよ子のお菓子」、こうして、ひよ子は一歩一歩、多くの方々に喜ばれる「名菓」へと育っていきました。
 
 
東京へ来るときゃ<ひよ子>と来たが、帰りゃ<ひよ子デザート>と二人連れ、<ひよ子>
ひよ子東京駅八重洲店
 
昭和四十一年、東京駅の八重洲口地下商店街に、直営店をオープン。さらに新宿の有名百貨店や鉄道弘済会(キヨスク)などへとひよ子の輪が広がっていきました。やがて、東京ひよ子でも、商品開発に積極的に取り組みました。
その代表が、「ひよ子デザート」。いまでは、全国(もちろん福岡でも)で喜ばれています。
ひよ子は、おかげさまで、全国で親しまれる「名菓」となりましたが、実は、生まれも育ちも「九州の名菓」。九州生まれの心のあたたかさをいつまでも忘れない「名菓」であり続けたいと思っています。
 
 
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